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昔々、聖なる苑を守るためにと陽白の一族から選ばれて、地上の人々とは生活も歴史も分かつた“聖封咒”の民たちが住まう、アケメネイの隠れ里のそのまた奥向きに。その発祥の頃からのずっと、ひっそりと隠されてあった“旅の扉”がありまして。スノウ=ハミングの声という合鍵なくしては通れない、特別仕様のそんな扉を経由して、光の公主様ご一行が辿り着いたのは。一見、何とも穏やか長閑な渓谷の入り口、見渡す限りのあちこちに、路傍の草のようなノリにて水晶柱の華が咲いている、それは綺羅らかな“水晶の谷”の真っ只中で。
「何てのか。生気はあるのに生き物はいない…みたいに見えるんだがな。」
殺風景にならぬ程度に散在する木々は、その梢の先へ、下界ではお目見えするのもまだ早い、瑞々しき緑をふんだんにあふれさせており。吹きゆく風に揺すられてのものだろう、木葉摺れの音が時折聞こえてくるのが、何とも爽やかで心地が良い。見える範囲には見当たらないが、どこぞかを流れているのだろう川のせせらぎのさわさわという音も確かに聞こえるし、もっと耳を澄ませば…どこやらからか、小鳥たちのさえずりも確かに聞こえてくる。なのに何故だか、見回す自分らの視界には、虫一匹だって入って来ないということに、早くから気づいていたらしき魔導師様がた。何もせずとも異状を察知出来るほど、鋭敏な感知の冴えをそれぞれにお持ちだろうに、それへ加えて…実際に見えているものまで一応は疑ってみるほど、油断なく注意を払っておいでなところがおさすがで。とはいえ、
「聖域だからな。様々に不思議なところではあろうよ。」
そうまで過敏に構えずともとでも言いたいか、葉柱だけは苦笑しているばかり。彼にしてみても、実際に踏み入ったのは初めてという場所なのはご同様だろうに、それにしては心なしか…余裕の自然体でおいでであって、
「警戒する必要はない、ということですか?」
少なくとも危険な何か、例えば追い出すための“攻撃”を向けられるようなことはなかろうという意味かとセナが問えば、
「まあな。この土地を汚すほどもの存在が相手なら、まずは踏み込ませやしなかろう。」
第一段階の時点で、けんもほろろに追い返しているさと応じて、そっちの方向の警戒は要らないだろうよと、順を踏んでのお答えを示してくれてから、
「そうさな。クリスタルを守りし精霊から試されているのかも知れないと思えば、用心するのも間違っちゃあなかろうが。」
一応の用心を怠らない蛭魔や桜庭には聞こえぬようにと、少しばかり上体を倒して、傍らの小さなセナへと囁いてくれたのが、
「俺のような粗忽な者だと却ってボロが出ようからの。」
くくっと笑っての少々おどけた言いようで。途轍もない強敵へと対抗するにあたり、少しでも歯が立てばとの想いから、奇跡のアイテム捜しに来ている身の彼らだからして。こんな時に不謹慎なと思うところな筈だのに、
「…だったらボクも、無理をしても笑われるだけかも知れませんね。」
こちらもこっそりと、小さく微笑ったセナだったのへ、うんうんと頷いて下さった葉柱さん。鋭角的で恐持ての、そりゃあ強かそうな男臭いお顔が、余裕の頼もしさで笑って下さるのは、セナにも心強いこと。そんなせいでか、ここに到着して以降は、ついつい彼のすぐ傍らにばかり、自分から寄り添うようにくっついていた王子様でもあり、
「おーし。今日のところは、ここらで一泊と行こうじゃないか。」
一行の先頭、警戒しつつ進んでいた魔導師様たちからのお声に顔を上げる。途中途中で休憩は取ったが、それとはまた別の、長い目の休憩としようということだろか。王子の小さな肩に、小さめのトカゲになってちょこりと乗っかっていたカメちゃんも。そのままセナの腕を伝わってさかさかと、手の甲までを駆け降りると、どうしたの?と お顔の間近まで上げていただいたのへと合わせて、ぽんっと変化(へんげ)をして見せる。ふかふかな毛並みに柔らかな肢体の真っ白な仔猫になったのは、周囲の弱まった陽射しから、晩は寒くなるのではと案じたからだろう。懐ろへと抱え直されて みぃと鳴いた愛らしい姿へは、
「お。大したもんだな、T.P.O.をわきまえてやがる。」
間近まで戻って来ていた蛭魔さんがお褒めのお言葉を下さったほどであり、
「うっかり食用の鷄んでもなってたら、危なかったがな。」
「…妖一。」
桜庭さんが笑えないぞと目許を眇め、セナ王子が咄嗟に庇うように ひしとカメちゃんを抱き締め直したほどの冗談はともかく。(う〜んう〜ん) 辺りがゆっくりと暮色に呑まれてゆくと、さすがにその日の終わりを意識するもの。ただただ傾斜の緩い岩肌の道を歩き続けたそれだけで、まずはの1日目が過ぎてしまった模様であって。太陽の光が直接は届かないままに1日が過ぎゆきたのも、此処が“聖域”という特別な土地だからなのか。それでも咒は多少使えて、持って来た食料で簡単な食事をこさえた竈かまどの火を点けたりもしたし、いくら極端なまで寒くはないから、他の生き物の気配はしないからとはいえ、明けっ広げなところで無警戒にも横になるのは不味かろうということで、これも咒によりするすると伸ばした蔦の蔓にてこしらえた、簡易テントを桜庭さんが作ったのだけれど、やはり何の反応もなかったので、
「…此処を守ってる精霊ってのはよっぽど鈍感なのか?」
「こらこら妖一。」
その険悪さへというよりも。喧嘩売ったのへ反応して出て来てくれるような、そんな短気な精霊じゃあ困るでしょうがと。さすがは相棒の過激な言動の底にあったらしき“真意”というのを素早く読み取れた桜庭さんが、そういう順番で、そういうやり方はよしなさいよと窘めたものの、
「何の気配もないってのは、確かに…難しいな。」
結局は、虫も小鳥もウサギも虎も、動物らしき存在は1つも姿を見せずであったから。水晶を探すためのヒントも自ずと少なくて。テント前にて竈を囲み、昼間以上に静けさを増したる渓谷の宵が更けてゆくのへと身をひたしつつ、
「これが修行でやって来た者だってのなら、自分で考えりゃあいいことだろうがな。」
蛭魔が仄かに苛立ちの声を上げたのも、ある意味で無理はない。こちとらあまり時間に余裕はない身だ。再び捕らわれの身となってしまった進の身も無論のこと心配だし、ここから遠い、しかも聖域からは外界にあたる王城キングダムの主城にて、またもや襲撃なり何なりという動きがあったなら。
「伝信が使えないのは、遠いからってだけじゃないね。」
これもまた、さすがは聖域ということか。桜庭が試しに強いめの念じで遠くまでを探ってみたが、王城どころか…今朝出て来たばかりでしかも此処には場所も間柄も一番に間近いはずのあの隠れ里の、方向さえ まるきり探知出来ないらしく。
「まま、そうも意志疎通や情報が素通しでも困るところだが。」
堅固に守られていてこその“聖域”だという理屈は判る。とはいえ、自分らが留守にして来た城の様子が気になるのも正直な話。何せ、武力と忠誠心に於いては申し分ない布陣が揃っているものの、咒の方面へは…常人以上の能力はお持ちの、皇太后様や神官の方々がおわすとはいえ、せいぜいが魔除け程度のお力に過ぎず。あれほどの輩を前にしては、無防備なまんまも同然な態勢となっているだけに、
“一昨日のような急襲をかけられたなら、ひとたまりもなかろうな。”
だからこそという順番にしたという言い方は失礼ながら、敵が欲しがっていようものは城から持ち出して来ておいた。光の公主であるセナは此処へまで連れて来たし、例の怪しいアイテム“グロックス”も城からは遠ざけて来たので、家捜しされても向こうの手へは渡らない…という手筈を打ってはあるものの。………城ごと根こそぎ、粉砕でもされたらどうすんでしょうか。
“妖一みたいに気の短い連中じゃあなかったみたいだから、それは大丈夫でしょうよ。”
おいおい、桜庭さん。いくら胸中でのモノローグだとはいえ、そうまで朗らかに笑った上で、そんなことを思ったりしないの。(苦笑) いつもの脱線はともかくとして、
「咒や情報の遮蔽ぶりをみても、このエリアは間違いなく“聖域”の内側だってことだね。」
となると、そんなところへ直通出来る“旅の扉”があった、あの隠れ里に伝わりし陽白の一族にまつわる伝承の数々も、単なる御伽話以上の確たるものと把握し直してもいいとして。
「とはいってもなぁ。」
肝心の水晶、アクア・クリスタルとやらは、一体どんな存在なのやら。土地の者であり、そんなものがあるぞと言い出した張本人の葉柱も、具体的にどんなものかは知らないと言い出す始末だったしで、これはなかなかに骨を折りそうな探しもの。形はどうでも、せめて気配や何や、こうだという目印になるものがないのでは、
「砂漠に落とした針どころか、大海に落とした目薬一滴みたいなもんだ。」
妖一さんの突飛な言いようへ、どういう例えでしょうかと言い返すのも憚られてか。小さめに焚かれた竈かまど代わりの焚き火の傍ら、仔猫のカメちゃんを乗っけた自分のお膝を、やわく抱えて黙っていたセナだったものの、
「お前の感応力を高める修練にもなろうからな。
余計な雑念は一切振り切って、頑張って集中すんだぞ?」
恐らくは。励ますつもりのお言いようだったのでしょうけど。ゆらゆら躍る炎に暖められていた、ふわふかな髪をぽふりと撫でもっての蛭魔さんからのそんな一言が、
「………。」
何故だか、セナ王子のお胸へ つきんと突き刺さる。
“…雑念。”
どうしようか、訊いてみようか。もしかして、ずっとずっと進さんのことばかりを考え続けていたから、アクア・クリスタルは見つからないのかなぁ。ぼんやりと呆けていた訳では勿論ないけれど、何のためにこんな遠くにまでやって来て頑張っているのかと言えば、それはやはり、一刻も早く進さんを助け出し、お逢いしたいからに他ならず。
「…あの。」
ぽつりと。気がつけば声に出していた。このままではいけないのかも。そんな風に思えたから。んん?と、蛭魔さんや桜庭さんがこちらへと視線を向けてくる。すぐお隣りにいる葉柱さんも、お顔をこちらへと向けている。そんな皆様の気配を頬に感じ取りつつ、
「進さんのことを想うのも、今は“雑念”なのでしょうか。」
これが他の場合の誰ぞの言いようであったなら、何を馬鹿なことを言い出すかと、一蹴していたところだろうが。思えば。滅多に何かに固執しないこの王子様が、唯一、彼の側からしがみつく相手であり、居ないと気づいては躍起になって姿を探す対象でもあり。地位も名声も、綺羅らかな宝石や肌触りの良い高価な服、スプーンが止まらぬほど美味しいものも、魂を奪われそうになるほど美しくも巧みな芸術品の数々も。取り立てて何も欲しくないのは、もう十分に満たされていたからで。ささやかな欲心しか持たないそのささやかさを、余りある存在に見守られ、いつもいつも満たされていたから。ああでも、もしかして。何も要らないという謙虚さが、少しは大きに育てられてしまっているのかも。だって今、こんなにも進さんに逢いたい。炎獄の民の末裔だというあの恐ろしい人たちが、次には一体何を仕掛けて来るのか。いやさ、そもそも何を最終目的に据えていての、これらの狼藉ぶりなのか。自衛は勿論のこと、どのような恐ろしい思惑があっての強襲なのかを突き止めて、事によっては阻止せねばならぬ…という緊急事態であるはずなのに。自分はただただ、あの白き騎士様に逢いたいとだけしか思ってはいないから。
「…セナくん。」
思うことの半分どころか、進さんのことを…としか口に出来なかった、そんなまでに切なくて辛いと、小さなお胸を傷めていた子。こんな自分はなんて罪深いのかと、そうまで思って…我慢していたに違いなく。
「………。」
俯きかかった王子様の髪をそぉっと撫でてくれたのは、今度は桜庭さんで、
「雑念だなんてことはないさ。」
あんな別れ方をしてから、まだ日も浅い。なのに、それは二の次にして別なことへ気持ちを集中しろったって無理な話かも。今はどっちが大事なのか、判っているけど出来ないと、そうと思っての戸惑いに心が揺れているセナくんであるのなら、そんなことを気後れしなくてもいいよと、ここは宥めてあげなくちゃと思ったらしき白魔導師様であったらしいが、
「甘えてんじゃねぇよ。」
そもそもの切っ掛けを投げて来た、黒衣の魔導師様は容赦がなく。
「いいか? その進の野郎を助け出すことにも通じてんだぞ? だってのに、肝心なお前がそんなでどうするよ。」
言いながら、こちらさんはその手をセナの小さな顎の下へと突っ込んで来、ぐいっと顔を上げさせる。
「言ったはずだ。腹をくくれとな。」
今にも潤みで満たされそうになって、落ち着きなく揺れている瞳を、こちらは凍るような冴えを満たした、淡灰色の眼差しが真っ向から睨み据え、
「何も崇高透明なことをばかり考えろとは言っとらん。進の野郎を取り戻すために必死なんだからと、そういう心意気を前面に押し出すのは別に悪くはねぇさ。」
「おいおい、妖一。」
窘めにかかる桜庭からの声を振り払うように、
「一途さからでも集中は出来よう。それを罪悪かもと思う心根こそがいただけねぇ。」
「罪悪だなんて…。」
思わぬところからの指摘にあって、はっと顔を上げたものの。いや…もしかして。そうなのかも。雑念などという言い回し。何げなく放られた一言の持つ引っ掛かりが、妙に心に形を取ってしまい、却って集中出来なくなるほどにその気持ちを捕わられてしまったセナだったのだけれども。
――― 進さんに逢いたいと思うのは雑念なんだろうか?
正確に言えばそうじゃなく。
――― それって“邪心”なの?
たった一人を想うのは、セナのような立場の人間にはご法度なの? 多くの存在のためのことをしか、祈っては願っては…望んではいけないの? 人を想う気持ち。大切な人を偲ぶ気持ち。たった一人へだけ向けられたそんな思い込みは、偏りを生み、他を押しのけてでもという慾へと育ちかねないということ? 多くの人から、多くの存在から、主と呼ばれて支えられる存在には、あってはならない心なの? 自分でそんな風に…こんな時になんてことをと、後ろめたいと思った。それがいけないのだと蛭魔は言う。何とも彼らしい考え方であり、
「お前が私利私欲にまみれてしまい、聖なる祈りなんて出来なくなろうとは、何とも想像が追いつかねぇ。」
くすんと笑って、それから。
「聖なる水晶“アクア・クリスタル”を“欲しい”と思うことは、確かにある意味では邪心かも知れねぇ。」
蛭魔はそうとも言ってのけ、
「人心を蹂躙しての世界征服しようってな奴も、恐らくは同じように“欲しい欲しい”と念じることだろからな。」
自身の力だけでは到底 手の及ばぬ野望大望。それを成就したいからとすがってのアイテム捜しであるのなら、なるほど同じ心持ちでの働きかけとも言えようが。
「それでもって救いたいものが、断然違うだろうがよ。」
鋼へと鋳込むことで、闇の咒への対抗力となるだろう“聖水の剣”が得られるクリスタル。炎獄の民の末裔とやらのこれ以上の暴走を食い止めるためにも、そしてそして、攫われた進を救い出すためにも、光の公主が振るえる希少な装備、是非とも揃えておきたいと思った動機に邪心はない。
「ですが…。」
「なんだ。」
「それってやっぱり。武器を欲しいと思う心ですよね?」
誰かを傷つけるためのもの。進さんを救い出すのに必要なものでもあるが、同時に誰ぞへと振りかざすものでもあって。
「そんなことへまで、いちいち罪悪感を覚えてんじゃねぇっ!」
へたれたことを言い出すにも程があんぞと、とうとうぶち切れたらしい黒魔導師様。
「だったら進や俺らはどうなる。この手でさんざん、邪妖やそれに魅入られた連中を退治しまくっとるし、進に至っては戦場で、邪妖などではない“人間”を相手に、やっぱり剣を振るってたんだぞっ。」
あくまでも煮え切らないセナへと言いつのる。何も殺戮が楽しい訳じゃあないけれど、それでも。守りたい人や貫きたいとする信念のため、刃向かう者や過ぎる敵意に満ちたる者を、そうするしか止まってくれぬというなら、已やむなくの刃で制さねばならない場合だってある…って、
「だ〜〜〜っ、そうじゃなくってだっ。」
何も戦に於ける人死にを正当化しているつもりはないのだが、そして、
「それは…判っているのですが。」
セナにも、言いたいことはそうではないという蛭魔の焦れようが、朧げながら届いてはいる。今ひとつ、強く激しく、何かを憎んだり追い落とそうと思い切ることの出来ない、心根の優しい子。気が弱いからか、それとも。繊細が過ぎてあらゆるものの声がその身へ届いてしまうのか。利他的にもほどがあるぞと肩をすくめた蛭魔さんへまで、ごめんなさい〜〜〜っと肩をすぼめてしまったセナだったが、
――― 大丈夫ですよ。
「あなたならね。」
「え?」
これまた不意なお言葉であり、そうと言った人へとお顔を向ければ、
「そうと悩むこと自体、独善的では居られぬ証拠。」
この人にしては珍しくも、何だかちょっぴり四角いものの言いようで。
――― あなたなら、誰かを想いながら他の多くの人の幸いも忘れずにいられる。
そんな風に付け足したのとほぼ同時、
「だ〜〜〜っ! 離さんかっ!」
「…あれ?」
何だか妙に聞き覚えのある声が、離れたところから唐突に沸き立ち、あれれぇ?と顔を見合わせた面々の中、セナのすぐ傍らにいた誰かさんのみ、さして不審そうな表情を浮かべていないということは。
「シュン〜〜っ、もう良いのかな?」
「ああ。こちらへお連れしてくれ。」
先程の大声と同じ方向から、別なお声が呼びかけて来たのへ。セナを柔らかく見やりつつ、すっくと立ち上がると微笑って応じたのが…葉柱さんだったらば、
「離せと言うにっ。」
「判〜かったって。元気な人だねぇ、ホント。」
何だか興奮気味のお声で罵倒し暴れているらしい誰かをいなしつつ、深まりつつあった宵の夜陰の中から、ぬっと姿を現したるは。結構な体躯な筈の葉柱を肩の上へ軽々と持ち上げて同行し、皆の前へと登場した人影が一つ。
「え? え?」
飛び抜けて背が高く、そりゃあ屈強そうながら…そのお顔に全く見覚えのない、こざっぱりとした装束の青年に担ぎ上げられてのご登場。草の蔓にて後ろ手に縛られて、自由を奪われ、捕らわれている格好の彼も、道着姿の葉柱ならば、
「あれ? でも、だって…。」
扉経由で此処へと到着してからのずっと。不安げなセナの傍らにずっとついてて下さった人も同じお衣装の葉柱さんで…?
「???」
何が何やらと、向こうとこっちの二人の葉柱さんを交互に見やって戸惑いの表情。そんなセナへ、
「心細い泣き声を上げていたろう? それをあいつが聞きつけてね。」
よいせと自分の足元へ、もう一人の葉柱を降ろしてやった青年を指差して、こっちの葉柱がそんな風に言い。殊更に柔らかな笑い方をして見せると、
「〜〜〜?」
セナの懐ろ、優しく抱えられていた手の上へ出していたお顔をふるるっと揺す振ってから、純白の毛並みをした仔猫が“みぃ”と鳴いたその途端に、
――― ふ…っ、と。
その姿がかき消えて。空気の中へと溶けたかに見えたほどもの瞬時のこと。あわわっと慌てて、立ち上がりながら周りを見回すセナの肩を、やはり思わぬほどもの間近からポンポンと叩いた人物がいる。後から姿を現した格好の葉柱を、肩の上へと担ぎ上げていた謎の人物に負けず劣らず、こちらさんもまたすこぶると背の高い青年であり。涼しいまでの深みある色合いをした、切れ長の眸に満たされし光も冴え冴えと、厳かにも凛と静謐な面差しの彼こそは、
「もしかして………。」
間近で見上げる姿勢を取ると、勝手にお口が開いてしまうほどの。とんでもない高みにある そのお顔。カメちゃんを抱っこしたままで、見上げていたセナ王子へとにっこり微笑み、
「あなた方を試すような、失礼な真似をいたしました。」
申し訳ありませんと、優美な所作にて身を屈めた彼こそは、
「この水晶の谷を預かります、聖霊の筧かけいと申します。」
彼もやはり“光の公主”の助けをこなす存在なのか、それとも もともと礼儀正しい人性をしているからか。恭順を示すそれだろう、小さくとも陽白の光を統べる公主様を見下ろすなど以っての外だとばかり、セナのすぐ前にて地に片膝をつくという姿勢を取って、深々と頭を下げてから。自分の後方へと腕を伸べて見せ、
「あちらの彼は、水精の長、健悟という者です。」
双方ともにこの谷の守護でございますれば、どうかお見知りおきをと、それはそれは丁重にご挨拶いただいたのだけれども。………和名のまんまなのは ちょっと違和感が。せめて“シュンさん”と“ケーンさん”とかいうのでは、いけませんでしょうかしら?
「まあ…それを言い出せば、僕らだってバリバリの和名なんだしね。」
元の苗字が滅多に出て来ないセナくんはともかくも、
「妖一の“ヒルマ”っていうのは何とかなるとして、桜庭に葉柱、高見と来てはね。」
「名前にしたって、国王からして“太郎”だし、進に至っては“清十郎”だぞ。」
はいはい、判った判った。そのままにて進めましょう。
「どうでもいいから、この蔓を切れっ!」
あああ、そうでした。葉柱さんのこともついつい放っておりましたね。静かで清かな聖域の宵が、淡い紗をかけたように少しずつ深まりつつあったそんな中、突然に彼らの目前へと現れた、二人の聖なる存在様方であり、
「…一体どこから“彼”だったんだろうね。」
「知らねぇよ。」
さしもの魔導師様たちさえ気づかなかったほどもの御力。果たして彼らは、この一行への味方となってくれるのでしょうか?
…………… 白々しいですかね?(苦笑)
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*何だか一気に話が進んだような.
若しくは、単にごちゃごちゃと登場人物が増えただけなような…。 |